「朝行く月-05(2)」楢﨑古都
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— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年2月13日
大体、成人男子の活力が日に一、二食で補えるはずがないのだ。細身の体は運動部で鍛えたはずもなく、ただ単に栄養不足がたたっているのではないかと本気で心配させられるほど、勢いのある食べっぷりを見せつけられた。
だから、自分の分を確保するという名目で、あらかじめ二人分握るようになった。不経済だとは思いつつ、毎朝米を研ぎ、炊く。小分けにして冷凍したものを解凍するのは、どうにも気に食わなかった。手首まで無数の米粒に埋もれていると、なぜだか落ち着いた気持になるのも理由のひとつかもしれなかった。
鮭やツナを、朝からおにぎりの具にするためだけに焼いたり、マヨネーズと和えたりするようになった。友人たちはおもしろがってからかいもしたが、それは到底お門違いな話で、彼は涼しい顔をしておにぎりを頬張りつづけた。
彼には、好きな人がいた。
電子レンジ以外の調理器具を使えるようになっただけでも目覚ましい進歩といえるこのわたしが、本屋で炊き込みご飯のページを立ち読みするようになったのは、彼が出欠もとらない教職科目にかかさず出席していることに気づいたからだ。
学部も学年も違う、いまだ話したことすらない彼女に会いたいがためだけに、彼は水曜三限の授業にあらわれた。
どうして隣に座らないの、と鎌をかけたら、冗談のつもりが図星で簡単にぼろが出た。調子づいて彼女の名前やら、きっかけやらを聞き出していった。はじめは口ごもり、返事も曖昧だったのが、
「どこが好き、とかゆうんじゃないんだよ、雰囲気とか、たたずまいとか、そういうの、わかる?」
おにぎり片手に話す彼のことを、心の底から癪だと思った。
彼には好きな人がいる。
だから、毎朝おにぎりを作って持っていくことに決めた。
水曜三限だけは、彼の隣の席には座らない。