「水に咲く花-05(1)」楢﨑古都
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— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年1月18日
きのう、バイト先の常連から告白された。夕食時によく食べにやってくる人で、顔をあわせるうち話をするようになっていた。
大抵、サラダとドリンク、デザート付きのサービスセットを注文する。ドリンクはアイスコーヒーで、料理がハンバーグライスの日にはナイフとフォークではなく割り箸を出す。目元がメジャーリーグのイチロー選手に似ていて、なかなかの好青年だった。
お会計のときに言われた。
サービスセット九五〇円です。千円お預かりします。
笹丘さんって、今付き合ってる人とかいるの。
今度、営業から本社勤務に異動になるという。いつも背広姿で、大きくていかにも重そうなかばんを携えていた。年齢は二十五か二十六くらいだろう。
五〇円のお返しです。
よかったら、今度一緒にどこかへ遊びに行きませんか。
五十円玉を財布にしまい、かわりに胸ポケットから名刺入れを取り出し、友だちからでも、と店を後にした。ありがとうございました、という言葉を言いそびれてしまった。
「名刺もらっちゃった」
楷書体のかしこまった文字が並んでいる裏側に、走り書きの携帯電話番号とメールアドレスがメモされていた。
「なんて答えたの」
相変わらず扇風機しかないアパートの一室で、わたしたちはそうめんをすすっていた。太陽はもう落ちていたので、夜風もあり、部屋の中は昼間よりもだいぶ涼しい。
「ごめんなさいって」
篠崎くんは、不服そうな表情でうなづいた。
「よかったの、それで」
「どうして?」
「だってほら、好きな人ができるまで、でしょ」
「好きな人じゃなかったから」
ひさしぶりに告白されて、私は咄嗟に、何ヶ月ぶりだろう、なんて頭の中で数えてしまっていた。
「でも、いい人だったんでしょ」
「いい人だったよ」
「それなら、付き合ってみればよかったのに」
「だってわたし、彼のこと何にも知らないもん」
「はじめはみんなそうだよ」
篠崎くんは、わたしが片桐くんと別れてから誰とも付き合おうとしないのを、よく引き合いにだして顔をしかめる。
「わたしはそういうのダメなの」
「ふうん」
篠崎くんは全然納得していないのが丸出しの相槌を打った。二人とも黙って、しばらくそうめんをつゆにつけ、口に運ぶことに専念した。ほとんど食べ終わったところで、遠くの空気が鳴った。