かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「朝行く月-06(1)」楢﨑古都

 

 授業には出てこなくとも、おにぎりだけは食べにやって来る彼からお母さんの話を聞いたのは、昼休みベンチに並んで腰かけていたときのことだった。
「立花さんのつくるおにぎえいは普通だよね」
「なにそれ、嬉しくないんだけど」
 おにぎりのラップをといた彼に、巻かずに分けて持ってきた海苔を手渡すのを一瞬ひっこめる。秋口で、薄青の空には鰯雲が散らばっていた。
「いや、あのね、うちの母ちゃんがつくるおにぎりは、やっぱり普通じゃなかったんだなと」
「もち米つかってるとか?」
「それじゃあ、おはぎだよ」
「そうなの? え、だって米粒残ってるじゃない。もち米はつくんじゃないの」
 聞き返した隙に、海苔をさらわれた。
「立花さんって、ほんと面白いこと言うよね」
 殊に彼は、私が料理に関してとぼけた発言をするたび、隠しもせずくつくつ笑った。自分の方が恥ずかしいとでもいった顔をして、ここぞとばかり私をからかうのだった。
 私は自分でもラップをとき、海苔を巻いた。
 今日の具は、昨日実家から届いたばかりの野沢菜だ。母に、最近自炊をはじめたと電話で話したら、さっそくあらゆる付け合わせ食材を送ってきた。瓶詰めのねぎ味噌、いかの塩辛、漬物はわさび漬けからキュウリの古漬け、たくあん、かぶ、なすびとずらり顔を並べた。なるほ、出来合い好きの母らしい。実家の冷蔵庫には、つねにお新香の詰め合わせパックが鎮座していたことを思い出し、ほくそ笑んだほどだ。当分、おにぎりの具材に飽きずに済みそうだった。
「この野沢菜うまいな」
「おにぎりの話」
 彼はにやけてからこたえた。
「朝ごはんのおにぎりにさ、前日の晩に残ったおかずをつめるんだよ。天ぷらとか唐揚げとか肉じゃがとかさ、それはもう何でも。おでんのがんもが入っていたこともあったな」
「それ、おいしそうなんだけど」
 想像してみて、彼のお母さんに感心した。
「汁気とかどうしてんの」
「水分飛ばしてある」
「食べるのに時間かからなくていいかも」
「わざわざつめる必要ないだろ、エビフライなんか、しっぽ飛び出してるんだぞ」
「順平が寝坊するからでしょ。ご飯とおかずを片手でいっぺんに食べられるじゃない。お母さん、考えたわね」
「俺のせいっすか」
「そうよ、遅刻魔」
「今日はちゃんと来てるじゃんか」
「不純な動機でね」
 けしかけたら、下手に出てきた。
「友だちになってきてよ」
「人に頼るな、もっと社交的になるのね」
「母ちゃんみたいなこと言うのなあ」

 

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「朝行く月/水に咲く花」

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