かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「水に咲く花-01(3)」楢﨑古都

 

 「このあいだ、駅で偶然会ったんだよ。うちの大学広いから、同じとこ通ってても、めったに会わないんだよね」
「ふうん」
「あからさまにそっけないな。いいじゃん、昔みたいに三人で会おうよ」
 なにを気にする風でもなく、今度は鶏の唐揚げに手を伸ばす。
「篠崎くん、おもしろがってるでしょ」
 にらみつけたら、笑顔で返された。
「片桐も今、彼女いないんだって」
 わたしと別れた後、他の女子校に通うひとつ年下の子と付き合ったらしい、という噂は聞いていた。
「へえ、別れちゃったんだ」
 ちょっと、嫉妬したりもした。わたしたちのお付き合いはとても健全だったのだ。
「気になる?」
「別に」
 つい、両手でグラスを持ったまま黙りこくってしまった。まさか、こんな話題になるとは思っていなかったのだ。わたしは今日、ちょっとお願いがしたくて篠崎くんを呼びだしたのだというのに。お酒の勢いでも、言うに言えなくなってしまう。
「ごめん、怒った?」
 篠崎くんは持っていた割り箸を置いて、グラスの中身を見つめているわたしの顔を覗き込んだ。わたしは首を振って、顔を上げる。
「やっぱり、気まずいか」
 苦笑いでやり過ごした。
 別れた原因は、わたしにある。だから余計に会いづらい。わたしはあの頃と何ひとつ変わっていないだろう。かつて片桐くんに求めたのと同じものを、今度は篠崎くんで補おうとしているのだから。
「篠崎くん」
 きっと、頷いてくれることをわたしはわたしは知っていた。篠崎くんはそういう人だ。決して、人を傷つけない。それどころか、いつだって親身に相談に乗ってくれる。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん」
 言い出すのに、後ろめたさを感じた。こんな提案、やはりするべきではなかったのかもしれない。篠崎くんの優しさに付け入ることは、わたしだから、という理由なんかで許されるものでもなかっただろう。
 けれど、わたしにはどうしても必要だった。
「どちらかに好きな人ができるまで、わたしたち、付き合ってみませんか」
 ずいぶん、すらすらと舌がまわった。
 これは告白じゃない。片桐くんへの当てつけでもない。試してみたかっただけだ。ただ淋しさを紛らわしたい一心で。恋愛感情ではない確かな繋がりが、男女のあいだに成り立つのかどうか。

 

お題「恋バナ」

 

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