かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「水に咲く花-01(4)」楢﨑古都

 

 「いいよ」
 少しの間も、ためらいもなく、篠崎くんはうなずいた。わかっていたのに、やっぱり拍子抜けしてしまう。
「いいよって、篠崎くん、わたしが言った言葉の意味、ちゃんとわかってる?」
「そのつもりだけど」
 あけすけな表情が、むしろわたし自身をあわてさせた。
「世間一般のお付き合いをしましょうって、言ってるんじゃないんだよ」
「いち子ちゃん、どうせまた何か悩んでるんでしょ? いいよ、俺でよければいくらでも付き合うよ。第一、何が変わるってわけでもなさそうだし。それでいち子ちゃんの気が済むのなら、なおのこと」
 篠崎くんはグラスに残っていたお酒を飲み干し、頼んでいい? と同じ調子で付け加えた。わたしはあっけにとられて、返す言葉もない。
「いち子ちゃんも飲む?」
「うん」
 篠崎くんがまっすぐこちらを見ていて、顔が上げられなかった。グラスの水滴で、両手がすっかり濡れてしまっている。半分近く残っていたお酒を、わたしは一気に飲み干していた。
「あーあ、相変わらず強いんだから。ほら、選んで選んで」
 ようやくわたしが頬を緩めて顔を上げると、篠崎くんは真顔で、
「やっぱり受験の苦労で、どっかのネジが外れちゃったんかなあ」
 などと、母さんと同じことを言ってからかった。
 篠崎くんだから、切りだした。彼ならまた、元の友だちに戻ることも可能だと信じて。
 わたしたちはさらに二杯ずつお酒を飲み、他にご飯ものも頼んだ。すっかりいい気分で席を立ち、お会計は割り勘で支払った。そういえば帰り際、隣で席で飲んでいた背広姿のおじさんたちが、こちらをカップルと勘違いして、いいねえ、を連呼された。店員さんが苦笑いしながらたしなめてくれたけれど、篠崎くんとわたしは目と目をあわせて、悪い気はしないね、と小さく笑いあい、居酒屋を後にしたのだった。

 

お題「好きなビール」

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ