くじらの歌う唄-01(2)楢﨑古都
くじらの歌う唄-01(2)|楢﨑古都@kujiranoutauuta #note #熟成下書きhttps://t.co/P7XTuOrHmM
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年3月5日
わたしたちのつながりは、幼い頃、女子児童たちが連れだってお手洗いへ行っていたのと似ている。男子たちには一生理解されることのないあの儀式を、おかしな話、京子もわたしも当時はあまりに馬鹿らしくてやっていられなかったというのに、いま頃になって秘密めいた魅力にとり憑かれてしまった。狭い個室に二人一緒に身を隠し、少女たちは順番にしゃがんでいた。
わたしたちは、お互いにお互いを求めあうことで、なにかしら埋めあうことのできるような錯覚を抱いていたのかもしれない。男と女の営みとは違い、女同士によるささやかな慰めあいは、異性の介入を決して許さなかった。
「こんなところに寝ていたら、やられてしまうで」
いまにも降りだしそうな、重たい曇り空の晩だった。訛りのある猫なで声が顔を覗き込んで、皮の薄いひんやりとした手のひらがわたしの手に触れたのだった。
「なあ、大丈夫?」
わたしはその日も、誘われるがままに男の口車に乗り、酔わせることを目的として注がれたカクテルを飲みほしていた。声をかけられれば黙ってついてゆき、名前も知らぬままに一夜を明かした。頷くと、大抵の男たちはまず肩を組むふりをしてわたしの胸の大きさを確かめた。そして、そのまま脇の下に腕を挟ませ、からだで方向を押し示してホテルまで歩くのだった。
左胸に残される無粋な感触は、鼻を鳴らしてみせたりする一方で、ひどくわたしを覚めた気持ちにさせた。隙間なく灯りに敷きつめられた繁華街の道のりは、路地へ一本入っただけで影の色を濃くし、相手の顔を見えなくさせた。
男たちは、みな一様にやさしかった。
飲みすぎてまともに立っていられなくなれば、必ず誰かがベッドまで運んでくれた。キスよりもハグを求めれば、腰に腕をまわしてくれ、わたしはいくらでも男の肩にしがみつくことができた。ときには乱暴に服を剥ぎとられ、後ろ手に男が脱ぎ捨てたシャツで動きを封じられたりもした。わたしは泣くことも喚くこともせず、いつだって素直に男たちに身をまかせたてきた。わたしのからだはいつだってわたし自身のものである以上に、抱いてくれる男たちのものだった。
けれど、それだけにしても、酔いがまわり、気分が悪くなって戻してしまったら、蜘蛛の子を散らすように彼らは去っていった。突き放され、罵倒された挙句、打ち捨てられるのが失敗した晩のパターンだった。運がよければ、起き上がったところをまた次の男が拾ってくれる。アルコールまみれの女を連れ込んでやってしまうほど、わたしたちの街は飢えていなかったけれど。
京子が声をかけてくるまで、何人もの男たちが言い寄ってきては舌打ちし、脚や腕を蹴飛ばしていった。悔しさに悪態を吐けば、途端に胃の中のものが逆流した。
くじらの歌う唄-01(1)楢﨑古都
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— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年3月4日
傍らに眠る京子の後姿を、ブラウン管から発せられる青い光が照らしている。テレビの音量は消してあった。壁に映しだされる影が波型となって揺れ動く。真っ黒い巨体が、ほとんど尾びれを上下させることなく水中をすべってゆく。
いま自分のいる場所が、画面の中と同じ深い海の底のように思われて、わたしは一旦呼吸をとめる。秒針の規則正しさだけが鼓膜をふるわす。
からだは潮の流れに乗った一尾の魚か、クラゲにでもなったような気持になり、浮遊感を覚える。あまり船も通らない、薄暗く透きとおった静かな夜の波間に、わたしはたゆたっている。泳いでいるのは、わたし一人ではない。暗がりに浮かぶ影と寄り添う感覚でまぶたを閉じ、うちに流れる満ち引きに身をまかせる。
しかし、それもつかの間。つむったまぶたとは裏腹に、わたしは慌てて息を吸いなおす。肺から酸素をもらった血液が、競って全身をめぐっていく。
再び、巨体がカメラの前を横切った。ライトに照らされた部分だけ、ほの白く輪郭を見せる。背中はところどころに傷跡が残り、尾びれにはフジツボが張りついていた。
わたしはかがんで、京子の二の腕へ鼻面を押しつける。彼女の薄い皮膚から匂いたつ、汗と煙草と香水の残り香がやわく鼻腔の奥を刺激した。
「うちな、くうちゃんって呼ばれてんねんよ。ほんまは京子って名前なんやけどな。お店のお客さんに教えてもらってん。京子の京の字は、魚辺くっつけるとクジラって漢字になるよって。だから、祥子ちゃんもうちのこと、くうちゃんって呼んでな」
京子とはじめて触れあったのは、わたしが彼女に拾われてこの部屋へやってきてすぐのことだった。
目が覚めると、耳元で心臓の音が聞こえるくらい近くにいた。額がやわらかいものに触れ、くぼませた手のひらでもって包み込むと、直に鼓動が伝わってきた。裸であることに気がついて、わたしは一瞬、嫌悪感を走らせた。けれど、隣に眠っているのが男ではないことを確かめると、強ばったからだをほどいた。
胸に耳を押しあて、からだを寄せる。ため息をもらし、脚を絡めると、いつのまに起きていたのか京子もそれに答えてきた。ブランケットが引き込まれて、膝より下が驚くほど無防備な冷気に触れる。意外な温度差に露わになっていない太ももが鳥肌立つ。ベッドから落ちかけたブランケットをひっぱり上げ、二人をくるんだ。
髪を撫でている指先が地肌に触れるたび、頬は紅潮した。火照ったからだを冷やそうと、京子から離れて身を起こす。すると、すかさず捕らえられ、うなじに添えられた手首は、わたしの唇を京子の元へと導いた。重なりあった胸が痛いくらいに抱きしめあい、押さえ込まれて膨らみを吸われると、腰は砕け、気が遠くなった。
茜さす歩道橋にも春が来て、君の「またね」もほのかに染まる(楢﨑古都)
🌹約束は口約束でしかなくて春に背いて散る六花あり(楢﨑古都)
✿約束は口約束でしかなくて春に背いて散る六花あり
椿落つごと潔く終わらせたつもりの恋路なほ胸穿ち
この恋に免疫なんてありえない深く落ちれば落ちるほど愛
暁にきらめく砂礫 水平線 黄金がなぞる夢の輪郭(楢﨑古都)
物言わぬ赤きくちびる永遠をとじこめたはる関節人形
春射せばひらひらひらり踊るやう財布の紐もにわかに緩む
暁にきらめく砂礫 水平線 黄金がなぞる夢の輪郭
占いで相性よかったことなんて一度もないし信じないけど(楢﨑古都)
占いで相性よかったことなんて一度もないし信じないけど
くたびれたトレーナーはねてる寝癖 火曜5限のあいつの背中
凛々しさを分けておくれよ野良の猫 猫撫で声のあの子に勝ちたい
じゅんわりと沁みゆく朝を幸福と呼べば焼き立てパンの行列(楢﨑古都)
とりどりのマスクの下じゃ誰彼も、ほら変顔の練習中だ
公園を横切るあの仔もさもさで目付きの悪いいつものグレー
じゅんわりと沁みゆく朝を幸福と呼べば焼き立てパンの行列