かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

人知れず咲く花もまたあるだらう霞の地にも春は等しく(楢﨑古都)

f:id:Sakananokimochi:20200321093251j:plain

うたの日 短歌 2020-0019


  衛星が夜を横切るただしづかそれだけのこと思ひ澄ませば
  彼方より歌う呼び声葬列のいちばん後ろまた会ふ日まで
  人知れず咲く花もまたあるだらう霞の地にも春は等しく

 

お題「思い出の一枚」

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

星と神話 物語で親しむ星の世界

星と神話 物語で親しむ星の世界

  • 発売日: 2012/06/29
  • メディア: 単行本
 

 

最果てに季節はめぐり端々に世界を染める鱗粉の舞う(楢﨑古都)

f:id:Sakananokimochi:20200314085227j:plain

うたの日 短歌 2020-0018

 

最果てに季節はめぐり端々に世界を染める鱗粉の舞う
春の色 萌黄、若草、薄縹 子らの戯れ、母の眼差し
通り雨駆けるけるわたしにきみは言う「濡れるの別に嫌いじゃないんよ」

 

今週のお題「ホワイトデー」

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

蝶々の纏足・風葬の教室 (新潮文庫)

蝶々の纏足・風葬の教室 (新潮文庫)

 

 

一輪の栞を綴じて返しますあなたはきつと気づかないから(楢﨑古都)

f:id:Sakananokimochi:20200308160255j:plain

うたの日 短歌 2020-0017

 

   好きだった青空だった冬だった永遠なんてことば信じて

  一輪の栞を綴じて返しますあなたはきつと気づかないから

  結び瘤ほどけないやうきつくして来世もきつと会へますやうに

 

今週のお題「卒業」

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

春風がスタッカートでやってきて八分休符でつぼみほどけた(楢﨑古都)

f:id:Sakananokimochi:20200308145417j:plain

うたの日 短歌 2020-0016


  梅ふふみ菊桃ひらき花咲かむあたたかき午後山辺に来たる

  羽化を待つ妖精たちは春告げるミモザの褥ひめやか眠る

  春風がスタッカートでやってきて八分休符でつぼみほどけた

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

春風

春風

  • 発売日: 2017/04/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

「朝行く月-08(1)(終)」楢﨑古都

 目覚めたのは夕暮れだった。CDラックを片付け、一息ついたところで、私まで寝込んでしまったらしい。立ち上がろうとすると、テーブルに突っ伏していたために、体中の関節が動作ごと悲鳴をあげた。眠い目をこすりながら、痛いのを我慢して背伸びする。
 暖房で空気は乾燥し、喉はからからに渇いていた。彼の方はとふり返ると、途中で起きたのか床に置いたペットボトルの中身が三分の一ほど減っていた。氷はすっかり溶け、水枕になっていた。
 買ってきた氷をもう一袋冷凍庫から出し、起こさないようそっと重い頭を持ち上げる。呼吸はもう、ずいぶん安定したようだった。
 枕元の居住まいを正そうと、彼は寝返りを打った。夏から伸びっぱなしの前髪が額に落ちる。毛先がまぶたをつつくのか、眉間にしわを寄せて鼻を鳴らした。よけてやろうと伸ばした手のひらへ、彼の熱い吐息がかかった。湿った体温が空気を伝う。高鳴る心臓にこぶしをあてた。
 ふと見渡したテーブル上に、さっき薬の中袋をあけるのに使ったはさみが出しっぱなしになっているのが目についた。私は一直線にそれを掴み、眠っている彼の上へ構えた。造作なく、左手は彼の前髪を握りしめていた。
 はさみは一切りで彼と私とのつながりを裁った。
 無残に切り落とされた前髪が、額にいびつな散切りを描く。手の中の髪の毛をコートのポケットにつっこむと、私は慌てて部屋を飛び出した。
 駆けながら、出掛けにひっつかんだマフラーの裾が地面を擦っていた。並木道の枯れ葉に足を取られ、転びかけると靴が脱げた。
 いったい、私は何をしているのだろう。息せき切って、いったい何をふり払おうとしているのだろう。屈み、踵に指を入れて靴を履きなおしたとき、私は自分の手が手ぶらであることに気が付いた。手提げかばんを、彼の部屋に忘れてきてしまった。
 駆けてきた道を焦点定まらず呆然と見つめ、立ち尽くす。喉は締めつけられたように浅い呼吸をくり返すばかりで、いくら吸い込んでも肺は酸素を取り入れてくれなかった。
 ポケットの中、ばらばらになってしまった彼の髪を握り集めて、はっとした。空が、明けてきている。私は本の数時間居眠りしてしまったのではなく、一晩あの部屋で眠りこけてしまっていたのだ。
 米をとぐのに深爪した指先が、いまさらじんと痛んだ。
 手に力が入らない。とどめておきたい気持ちとは裏腹に、髪の毛が指の隙間からはらり、はらりと風に散った。目をそらすと、朝に残った半月が、白く吐く息に消された。


 2005年05月27日 原稿用紙:33枚

「江古田文人会・第八号」掲載
「第22回日大文芸賞・優秀賞」受賞作

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

「朝行く月/水に咲く花」

「朝行く月/水に咲く花」

 

 

 

「朝行く月-07(3)」楢﨑古都

 

  氷嚢を探して、いくつかの戸棚を開けてみる。場所を変え、洗面所も探してみたが見当たらなかった。仕方なくレジ袋を二枚重ねにしたものに氷を入れ、口を縛ってタオルで巻いた。漏れてしまわないか多少不安はあったが、頬にあててやると彼は自分でそれを頭の下に入れ、居心地を整えた。
 私はテーブルの上に置いてあった鍵を借り、財布だけ持って部屋を出た。踏んづけた靴の踵を坂の下で履きなおし、駅前まで走った。
 商店街の薬局で解熱作用のある風邪薬を、スーパーマーケットで追加の氷と、それから部屋に転がっていたものと同じ清涼飲料水を買った。自動扉を出て、ようやく焦っていた気持ちに余裕が生まれた。自分を落ち着かせるために、息を切らして走るのはやめ、早足で歩いた。冷たかった風が、いくぶん心地よく感じられた。
 部屋に戻ると、鍋に火を沸かし、おにぎりを沈めて煮詰めた。菜箸でかたまりをほぐし、お粥をつくる。味付けはおかかに溶き卵を落としただけで何も加えなかった。
 手の空いた隙に、シンクに溜まっていた使用済みの食器を片付けた。鍋のお粥は噛まずに飲み込めるくらいまでやわらかく煮込んで、洗い立てのお茶碗によそい、コップにそそいだ清涼飲料水とともに彼の元へと運んだ。
「順平」
 肩を揺すると、気が付いていたのか起き上がってくれた。
「ちょっとでいいから、お腹に入れて。薬も買ってきた」
「すまん」
 彼は消え入りそうな声で答え、三口ほどスプーンを舐めると、錠剤を飲み込んだ。
「ポカリも、ここに置いておくからね」
 一リットルのボトルを掲げてみせる。意識が朦朧としているせいか反応は薄く、返事は唸ったのか寝ぼけているのか判別できなかった。
 買ってきた氷は封を切らずにバスタオルで巻き、レジ袋と取り換えた。レジ袋の中身は、いまにもこぼれ出そうなのをかろうじてこらえていた。即席の氷嚢はいささか武骨だったが、彼は先ほどと同じように後頭部の納まりを整えると、すんなり眠りについた。

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

ナラタージュ (角川文庫)

ナラタージュ (角川文庫)

  • 作者:島本 理生
  • 発売日: 2008/02/01
  • メディア: 文庫
 
「朝行く月/水に咲く花」

「朝行く月/水に咲く花」

 

「朝行く月-07(2)」楢﨑古都

 

 校舎沿いの並木道と正門を通り過ぎ、豆腐屋の角を曲がって坂を登る。突き当たったところを左に折れると、そこに彼のアパートがあった。夏前に一度つれて来てもらったきりだったが、すんなり辿りつくことができた。
 冬晴れに布団を叩く音がこだましていた。会談を上りながら、洗濯を済ませてくればよかったな、と光のとけた空を仰ぐ。
 油性ペンで「児島」と書かれた表札は、お世辞にも達筆とはいえない辞退で、ところどころに書き重ねられた跡があった。
 指を置き、一瞬ためらってから呼び鈴を押す。二度、三度と続けて鳴らした。かすかな物音がして、人の気配が感じとれた。
「順平」
 居留守をつかわれたくなくて、恥ずかしげもなく外から呼びかけた。
 寝ているなら起こすつもりで、再度呼び鈴を鳴らす。今度は意地が、もう一度呼ぼうとする喉を黙らせた。
 一枚隔てた向こう側で何かが崩れる音がして、それから鍵穴が回った。ゆっくりとドアが開かれる。
「順平、あんた何してるの」
 待ちきれず、じれったさにノブを引いた。重たく横たわった空気のかたまりが、一歩踏み入れた途端に押し寄せてくる。いったい何度に設定されているのか、部屋はフル稼働の暖房にすっかり支配されていた。
「ちょっと、どうしたの」
 玄関にへたり込んでいる彼がいた。驚き、立ち上がるのを支えようと腕を回す。全身が熱を持ち、気怠くほてっていた。反射的に額へ手のひらをあてがうと、冷え切った指先が彼の体温にふるえた。
「大丈夫」
 かけた言葉は、発したそばから空回る。ベッドの脇でCDラックが倒れていた。自分の足でベッドまで戻った彼の、横たわるのを手伝って布団をかけてやると、首筋に青く浮き出た血管が見えた。
 散乱したCDケースにまぎれて、空になった清涼飲料水のペットボトルが転がっていた。充電の切れた携帯電話は脱ぎ捨てられたトレーナーとジーンズに埋もれ、カーテンは一切の光を遮断していた。整頓が行き届いていたはずの室内は、彼を中心としてすっかり秩序を失っていた。
 送風口から、絶えることなく温風が吹きだしてくる。これだけ暖房が効いていても寒いのか、布団の中で彼がタオルケットを体に巻きつけているのが分かった。
「いつからよ」
 何をすればよいのか咄嗟に思いあたらず、会話に答えを求めてしまう。
「月曜、」
 か細く枯れた声は、荒い息に負けていた。話しかけるのも気が引けるほどで、私はそれ以上何も聞けずに台所へ向かった。

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

「朝行く月/水に咲く花」

「朝行く月/水に咲く花」