かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

くじらの歌う唄-01(2)楢﨑古都

 

 

 わたしたちのつながりは、幼い頃、女子児童たちが連れだってお手洗いへ行っていたのと似ている。男子たちには一生理解されることのないあの儀式を、おかしな話、京子もわたしも当時はあまりに馬鹿らしくてやっていられなかったというのに、いま頃になって秘密めいた魅力にとり憑かれてしまった。狭い個室に二人一緒に身を隠し、少女たちは順番にしゃがんでいた。
 わたしたちは、お互いにお互いを求めあうことで、なにかしら埋めあうことのできるような錯覚を抱いていたのかもしれない。男と女の営みとは違い、女同士によるささやかな慰めあいは、異性の介入を決して許さなかった。
「こんなところに寝ていたら、やられてしまうで」
 いまにも降りだしそうな、重たい曇り空の晩だった。訛りのある猫なで声が顔を覗き込んで、皮の薄いひんやりとした手のひらがわたしの手に触れたのだった。
「なあ、大丈夫?」
 わたしはその日も、誘われるがままに男の口車に乗り、酔わせることを目的として注がれたカクテルを飲みほしていた。声をかけられれば黙ってついてゆき、名前も知らぬままに一夜を明かした。頷くと、大抵の男たちはまず肩を組むふりをしてわたしの胸の大きさを確かめた。そして、そのまま脇の下に腕を挟ませ、からだで方向を押し示してホテルまで歩くのだった。
 左胸に残される無粋な感触は、鼻を鳴らしてみせたりする一方で、ひどくわたしを覚めた気持ちにさせた。隙間なく灯りに敷きつめられた繁華街の道のりは、路地へ一本入っただけで影の色を濃くし、相手の顔を見えなくさせた。
 男たちは、みな一様にやさしかった。
 飲みすぎてまともに立っていられなくなれば、必ず誰かがベッドまで運んでくれた。キスよりもハグを求めれば、腰に腕をまわしてくれ、わたしはいくらでも男の肩にしがみつくことができた。ときには乱暴に服を剥ぎとられ、後ろ手に男が脱ぎ捨てたシャツで動きを封じられたりもした。わたしは泣くことも喚くこともせず、いつだって素直に男たちに身をまかせたてきた。わたしのからだはいつだってわたし自身のものである以上に、抱いてくれる男たちのものだった。
 けれど、それだけにしても、酔いがまわり、気分が悪くなって戻してしまったら、蜘蛛の子を散らすように彼らは去っていった。突き放され、罵倒された挙句、打ち捨てられるのが失敗した晩のパターンだった。運がよければ、起き上がったところをまた次の男が拾ってくれる。アルコールまみれの女を連れ込んでやってしまうほど、わたしたちの街は飢えていなかったけれど。
 京子が声をかけてくるまで、何人もの男たちが言い寄ってきては舌打ちし、脚や腕を蹴飛ばしていった。悔しさに悪態を吐けば、途端に胃の中のものが逆流した。

 

お題「わたしの黒歴史」

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

「くじらの歌う唄/メルヒェン」

「くじらの歌う唄/メルヒェン」