かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「夜のななふし-01」楢﨑古都

 

 木製のベンチはところどころささくれ立っていた。枝のふりをしたななふしが、寄りかかった背もたれの上にいる。ゆらりとも動かぬ細長い体が、背景に似合わず目立った。
 街灯に照らされたジャングルジムに、やせぎすの幼稚園児がへばりついている。このまま、おいて帰ろうか。ふと、マフラーに顔をうずめて本気で考え込む。けれど、そんな考えはすぐにため息とともに白くなって消える。私がほんとうにハルキをおいて帰ったりしたら、あいつはぺちゃんこの鼻と大きくあけた口から、鼻水とよだれを垂らして泣きじゃくるに違いない。堪えかねて姿を現せば、涙でぬれた顔面を私の安いダッフルコートに押し付けてきて、さらに甲高く泣き叫ぶに決まっている。しがみつかれて、私はしばらく身動きも取れないだろう。
 冷えた手のひらをライターの火で暖めながら、私は煙草を吸い込んだ。立ち昇る煙に、眉間のしわを寄せてひたすら肺に煙を送り込む。
 いっこうに降りてくる気配は見せずに、ハルキはたまにこちらをうかがって振り返った。暗闇にちらつく赤い火を確認しているのだろう。母親にされたのと同じ仕打ちを、二度と繰り返させないために。親父の愛人は私の母と同様に、子どもだけ残して姿を消した。
 母親に置き去りにされた直後、ハルキは明けても暮れても泣きじゃくってばかりいた。私にはなだめようもなく、途方にくれてはいつも無視していた。それがある日、何の気なしに髪を束ね煙草をふかしていたら、ハルキが泣きやんだのだった。母親を、連想させたらしい。あの女と同じ髪型で、同じように背を向けて煙草を吸っていた後ろ姿が。それからハルキは、私が煙草を吸ってさえいれば泣かなくなったのだった。
 細い手指に息を吐きかけ、飽きもせずジャングルジムに登っている。煙草の灰を落としながら、背もたれの上にいる虫とハルキとを見比べた。組まれた鉄棒にしがみついて、またこちらを振り返る。私は、身じろぎひとつしないななふしの腹を、指先ではじいて砂利の上に落とした。

 

今週のお題「二十歳」

 

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