かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「水に咲く花-01(1)」楢﨑古都

 

 春先に蒔いた朝顔の種は、どの蔓も揃って白い花を咲かせた。赤でも青でも紫でもない、何の面白みもない白い花ばかり。

 一年前、自宅浪人していたわたしは、気まぐれで毎朝の散歩を日課としていた。早起きして静かな住宅街を歩くと、普段は目にも留めないいろいろなものに出会った。毎朝おなじ時刻に家を出るのに、空の色は日々変化するし、季節によって聴こえてくる音も違った。

 朝顔を見つけたのは、空気にかすかな草いきれを感じはじめた梅雨明けの朝で、蝉たちもまだ鳴きだしておらず、汗もほとんどかいていなかった。わたしはいつもと違う道を歩いていた。角の家に、通るたび吠えてくる犬がいるのだけれど、その朝はいなかったのだ。

 何の気なしに角を曲がった途端、軒先きいっぱいに咲き乱れる朝顔が目に飛び込んできた。赤紫を染み込ませた絵筆をひとはけ、キャンバスに走らせたような模様をした、朝顔朝顔朝顔の群れだった。そのめずらしい色合いは単色のものよりいっそうわたしの気を惹き、しばらく見入ってしまうほどだった。

 ひと月近く、朝顔は次から次へと咲きつづけた。九月になると、しぼんだ花弁が毎朝地面に散らばっていた。花の後には青い種がじょじょに丸みを帯びて膨らみ、やがて枯れて半月状の茶色がかった黒い種をたくさんつくった。こっそり手のひらに種を集めて、ほくそ笑んだ。このときを心待ちにしていたのだった。こぼさないよう慎重にポケットの中へすべり込ませ、吠える犬の前を走り抜けた。

 春、やわらかな土に指先で穴をあけて、みかんの房に似た種を庭に蒔いた。朝顔を育てるのなんて、小学校以来だった。双葉が芽を出し、蔓が伸びるのを毎日観察した。母さんは、受験勉強のせいでわたしがどうかしてしまったのではないかと本気で疑った。けれど、二階の欄干から麻紐を張り、日に日に成長してゆく朝顔に水をやる役目は、いつのまにかわたしから母さんへと移っていた。大学が夏休みに入る頃には欄干下の窓越しは朝顔の葉がすっかり覆い、涼しい日かげをつくるほどになっていた。あとはつぼみが開くのを待ちわびるばかりだった。

 花が咲くまでは、花色なんて気にもとめていなかった。鮮やかな色柄を期待していたわけではない。それでも、今朝方見つけた白い朝顔への落胆は思った以上に大きかった。母さんは全く気にもとめていない様子で、咲いたわねえ、なんて言っていたけれど。わたしは、一年前に近所の軒先で咲きほこっていた、白地に赤紫の朝顔の群生を自分の家の庭で再現したかったのだった。

 

お題「今日の花」

 

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