「水に咲く花-09(4)(終)」楢﨑古都
水に咲く花-09(4)(終)|楢﨑古都@kujiranoutauuta #note #熟成下書きhttps://t.co/Q6qW7ukbZ5
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年1月30日
「だからいち子も、篠崎くんとちゃんと仲直りしなさい」
「それ、つながってないよ」
自分が泣きそうになっていることに、ようやく気がついた。
「どうせいち子が、篠崎くんを怒らせちゃうようなこと言ったんでしょう」
さっき種を割った指先に、生水っぽい草の匂いがしみついていた。
「当たっちゃった?」
「全然」
篠崎くんに会いたかった。
ほんの少し、上唇を濡らす程度、麦茶を舌へのせる。部屋の机の上、すぐ手に取れる位置にずっと置いてある水中花をいますぐ覗きたかった。
「馬鹿ねえ」
言いながら片肘で頬杖をついて、一つ息を吐く。母さんのことばが、あんまり優しくわたしのからだを包んで、あふれでてくるものの引き金を止めることができなかった。
あわてて立ち上がると、階段を駆け上がって水中花を手に取った。
部屋の中には、西日が射し込んでいた。手の中の花を、泣いて欲しがった女の子の顔が水面に浮かぶ。篠崎くんに買ってもらった水中花を、わたしは捨てることができなかった。
母さんが階段を登ってくる。わたしは泣きながら笑ってふり向いた。
「あんたは、ほんとに馬鹿なんだから」
泣いているわたしを見つけて、母さんはもう一度そう言った。自分までもらい泣きして、鼻を赤くしている。
「馬鹿って言わないでよ」
「きれいねえ」
窓から射し込む光と、涙の膜とで、コップの中は縁日の夜みたいに提灯色に揺らめいていた。
大学の授業も始まり、祖母のお墓参りにも行った頃、庭の朝顔が遅れ咲いた。
乾燥しきったたくさんの種と隣りあわせに、枝分かれした蔓に再びつぼみがいくつかできていた。台風が過ぎた後、数日間だけ夏日が戻ってきたためだろうか。湿気を含んだ夏の終わりが、イワシ雲の広がる淡い水色の空から涼風に吹かれていた。真夏の太陽の下で、いささか貧相に映った白い朝顔は、秋空の下、清々と咲きほこっていた。