かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「水に咲く花-09(1)」楢﨑古都

 

 篠崎くんと意識的に連絡を取りあわなくなって、一週間以上が過ぎていた。その間、台風が一つ上陸して、天気は秋の長雨にもつれ込んだ。台風一過もつかの間、台風になり損ねた熱帯低気圧が降ったり止んだりの雷雨をもたらしていた。連日、三十度を超す真夏日を記録していたのが嘘のように、季節は涼しくなった。下記課題の資料に借りていた本を図書館へ返しにいったら、金木犀の香りが雨の靄の中に立ち込めていて、夏は驚くほどの速さで秋にとって変わろうとしていた。
 夏休みに入ってから、わたしは大学で新しくできた友人たちともすっかり疎遠になっていた。皆いろいろな方面から通学しているので、気軽に会って話すこともままならない。仕方ないのだろうが、休みに入るまで校舎内でさえメールのやりとりを交わしていたのだから、信じられない。ここ一週間、私は篠崎くんどころか、母さん以外の人とさえ、一切会話をしていなかった。何度か、携帯電話のメモリーを開いて、電話帳をあ行から順に降りていってみたりもしたけれど、話せる相手は見つからなかった。電話をかけるという行為すら気力が追いつかず、わたしは途方に暮れていた。
 バイト先の喫茶店は、雨のせいですっかり客足を減らしていた。十時閉店が九時閉店に切り上げられてしまう日がほとんどだった。
「今日も、もうダメだな」
 マスターはタバコに火をつけ、カウンターで新聞を読みはじめる。
「看板の電気、落としちゃって。ゴミまとめたら、終わっちゃっていいから」
「わかりました」
 ゴミ袋を持って外へ出ると、少し肌寒いくらいに感じた。でも、来週には太陽が戻ってくるらしい。また夏日が戻ってくるらしい。涼しいのに慣れてしまうと、暑さなんてあっというまに忘れてしまう。シャッターを半分だけ降ろして、店先に並べられた鉢植えの植物を店内へ運び込んだ。大きな鉢植えは引きずってシャッターの内側へ納める。真夏のあいだはなかった枯れ葉がはらりとタイルに落ちた。
 忘れていたものといえば、庭の朝顔が花の時期をいつのまにか終わらせていた。
 白以外の花が咲かないかと、しばらくは毎朝観察していた。けれども、結局どの蔓からも白花しか咲かないとわかると、一気に興味が失せてしまい、ほったらかしになった。種を蒔いたのが鉢植えだったら、とっくに枯れてしまっていただろう。

 

お題「今日の花」

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ