「水に咲く花-06」楢﨑古都
水に咲く花-06|楢﨑古都@kujiranoutauuta #note #熟成下書きhttps://t.co/f0bsCGTPCW
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年1月20日
篠崎くんが、片桐くんといまでも仲がいいのは知っている。わたしが片桐くんと別れてしまうまでは、三人で遊びに行くことも少なくなかった。付き合うのなんて、たぶんどちらでもよかったのだ。付き合っていようとなかろうと、わたしたちは三人で遊んだだろうし、片桐くんではなく篠崎くんに告白されていれば、彼と付き合っていただろう。彼氏なんて特別なものではなく、話の合う親密な友人がいさえすればそれだけで十分だったのだ。
「ちょっといい」
片桐くんがバイト先の喫茶店に姿を現したのは、篠崎くんの部屋で花火を見てから数日経った昼間のことだった。
「話があるんだけど」
高校生の頃は黒かった髪が、明るい色に染められていた。肩幅も、あの頃より広くなった気がする。あどけない、なんて思ったことはなかったけれど、あどけなさが消えていた。
「ごめん、まだバイト中だから。できれば、終わってからにして欲しいんだけど」
入ってきたときから、片桐くんの顔をは明らかに怒っていた。
「いいよ、いち子ちゃん。混んでないし、ちょっとなら出ておいで」
そうとは知らないマスターは、気を利かせてわたしたちを送りだす。
「すみません」
頭を下げ、片桐くんの後について外へ出た。片桐くんも、マスターに丁寧に会釈していた。
「どうして来たかわかる?」
前置きなく、片桐くんはわたしの前に立って言った。剣幕に圧されて、引き気味にうなづいてみせる。なんとなく察しはついた。でも、答えずにいた。
「篠崎と、変な付き合い方してるんだって」
公開はいつだって、予期していなかった瞬間にやってくる。
「また、やってんの」
今度は篠崎を使ってるんだ。
みなまで言わない片桐くんの声は呆れはてていた。
「俺と会うのを嫌がったのは、篠崎とのことがあるからだろ。指摘されるのが嫌だったから」
「邪魔されたくなかっただけだよ」
わたしには開き直るしか方法がなかった。
「自分本位」
すぐに打ち消されてしまう。
「わざわざ、そんなこと言いに来たの」
虚勢をはって顔を上げ、彼の目を見据えた。
「そうだよ」
片桐くんの物怖じしない目は、高校生の頃とまったく変わっていなかった。
「わたしたちのことに口出ししないでよ。片桐くんには、関係ないじゃない」
言い返せる言葉もなく、意地になってどうしようもない言い訳しか出てこない。
「自分が、どれだけ卑怯なことしてるか、わかってんの」
道行く人々から顔をそらした。エプロン姿の自分がひどく恥ずかしくなる。片桐くんは少し声のトーンを落として言った。
「篠崎のことが、好きなんじゃないの」
「好きだよ」
これは意地でも嘘でも言い訳でもない。
「だったら、普通に付き合えよ」
「そういうんじゃないんだってば」
「じゃあ、やめろよな」
片桐くんは、別れ話をしたときとおなじ顔をしていた。
「俺は、いち子ちゃんはずっと、篠崎のことが好きなんだと思ってたよ」
エプロンの裾を握り、唇を噛んだ。
「いい加減にしろよ。そうやってわからないふりするのも、わかろうとしないのも。篠崎にだって、あいつのことを好きな女の一人や二人いるんだよ」
そんなの知らない。
声には出せなかった。これも言い訳だ。
「これ以上、生殺しにするのはやめろよな」
片桐くんは、言うだけ言って、わたしを残したまま帰ってしまった。
お店に戻ると、マスターが片桐くんのためにアイスコーヒーを淹れてくれていた。
「帰っちゃったんです」
苦笑いして謝ると、
「じゃあ、いち子ちゃん飲んじゃいな」
と笑顔で生クリームを氷の上に乗せてくれた。
足のついたグラスに注がれた半透明の黒い液体は、いつもなら喜んでほおばる生クリームをぐちゃぐちゃにかき混ぜると食欲が失せてしまい、こっそりすべて流しに捨ててしまった。