かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「水に咲く花-05(2)」楢﨑古都

 

「あ、花火はじまったみたい」
 音を聞きつけて、わたしはここぞと席を立った。狭いベランダに二人で並び、明るい都会の空を見上げる。篠崎くんが言っていた通り、花火はずっと向こうで手のひらよりも小さく咲いた。それから、十秒くらい遅れて音がとどく。
「遠いな」
「綺麗だよ」
 手すりに寄りかかっていると、篠崎くんが一度部屋へ入って、缶チューハイを片手に戻ってきた、
「ありがとう」
 わざわざプルトップまで外して渡してくれる。指と指が触れあって、少し照れた。つられて篠崎くんも笑うだろうと思ったのに、笑わなかった。
 赤や青の花火が次々に上がる。空が照らされ、後には白煙が残る。次の花火が反射して、下方をただよう煙は淡い黄色や緑色に染まった。
「来年もここから見る?」
 不意に、篠崎くんが言った。
「どうかな」
 わたしたちは花火を見ていた。缶チューハイが汗をかいて、しずくが指先を濡らした。
「見ないの」
「さすがに、1年はつづけられないかなって」
「恋愛ごっこだから」
 篠崎くんは、正面を向いたままふり返らなかった。
「篠崎くん、怒った?」
「いじめてんの」
 声とことばは裏腹だ。
 彼岸花のような花火が、つづけさまに打ち上がる。隣の男の子が、缶チューハイを飲み干す音が聞こえるような気がした。ほかにも近くで花火を見ている人たちがいるのだろう、途切れ途切れに歓声が夜風に混じった。
「来年もここで見せて」
 わざと、そう言った。
「俺に彼女ができてても?」
「うん、譲らない」
 柳花火が上がる。音が同時にはしないので、しまらない。誰かの声だけ、耳にとどく。
「考えとく」
 さっき連弾で上がった花火の軽快な破裂音に続けて、ようやく濁音のとれた一発音がした。

 

お題「恋バナ」

 

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