今朝ね、晴れわたった秋のお空に、クジラ雲を見たんだよ。あんなクジラらしいクジラ雲に出会うのは、いったいいつぶりか思いだせないくらいひさしぶりで、ほんと、すごくうれしかったんだ。
今夜は愚痴だよ。
おおっぴらに話せないから、かろうじて一部にしか匿名性がほどかれていない、ここに吐きだすことにする。
職場で、不可解かつ疑心暗鬼にならざるを得ない出来事に見舞われていて。
それでも、ここ2ヶ月はなりをひそめていたから、被害というものではなかったのかもしれないし、わたしともう一人の女性の胸のうちにだけ、静かにおさめておいた。
けれど今朝、自分のマグカップを給湯室へ取りにゆき、すっかり癖になってしまった臭いチェックをしてみると、不快な臭いがする。もし再び、おなじようなことが起きたら、上司に洗いざらい話しましょう、そう二人で決めていた。
最初に不快な臭いがしたのは、2ヶ月から3か月前。わたしのマグカップだった。でもそのときは、コーヒー紅茶ジュースにスープ、なんでもかんでもに使っていたから、そのせいかな? って。誰にも言わず、そのまま1週間くらい使っていたら、そのうち臭いも消えたので、まあいっか、って放置していた。
それから1ヶ月くらい経ったある日、よく話す職場の女性から、なんだか水筒が臭うの、と打ち明けられた。
1日目、不審に思った彼女は、鍵のかかるひきだしに水筒をしまって帰った。だけど、鍵そのものは鍵のかかっていないひきだしにしまった。
翌日、しまわれている鍵の位置が少しずれていた。そして、念入りに洗った水筒から、また不快な臭いがした。
彼女からその話を聞いたとき、もしかしてわたしのあれも、なにかしらの不可抗力が原因だったんじゃないかって、ようやく認識した。
わたしにも似たようなことがあったことを伝えると、彼女はその日も水筒を隠して帰った。目に見えたアクションのおかげか、臭いはおさまった。
もし、これがだれかの仕業で、なんとなく勘付いてやめてくれたなら、もうくり返されることもないだろうと思った。いや、そう願いたかった。思い過ごしに過ぎないと。
なにより、考えたくなかった。
だって、容易に想像できてしまういくつかの可能性は、どれもとても気持ちが悪くて、彼女もわたしも、口に出して語ることができなかった。
わたしたちは、ある特定の社員さんから執拗に好かれている。
きのうの夜は、かなり遅い時間まで残業だった。わたしの退社時刻は、最後から2番目。いちばん最後は、あのひとだった。
あの臭いの原因が、あのひとだという証拠なんてひとつもない。それでも、日頃の言動から穿ってしまう。わたしなんかより、彼女の方がずっと、ため息ついてしまうしかない、まるで小学生みたいなちょっかいをだされてきたことも聞いていた。
もしも明日の朝、嫌な臭いがしたら、それはかなりの確率で、疑心暗鬼が確信に近くなるんじゃないか…… ふと、そんなことを考えた。
給湯室へマグカップを戻し、わたしは帰宅した。
朝。
嗅いでしまってから、両手のふるえがとまらなくなった。
洗いざらい、上司に話した。彼女は、終始気味悪がっていた。対してわたしは、やけに楽しい、おもしろい気持ちになってしまって、ふるえながら、終始けらけらと笑っていた。
ああ、わたしって、こうなんだなぁと気づかされる。気持ちでは平気なふりをよそおっているのに、突如としてからだにあらわれてしまうようになってしまったんだなあ。
わたしがいま、精神的に不安定なことを知っているのは、実は彼女と上司だけで、ほかの社員さんたちは、わたしが何科にかかっているのか、まったく知らない。
治療にちょっと時間のかかる病気にかかってしまっていて、もしかしたら突然会社を休んでしまうこともあるかもしれない。小さな会社だし、お互いにフォローしあえるように、ちょっと時間のかかる病気、というワードだけ、春、みんなに知らされた。
いまのわたしには、自分の置かれている状況及び病状について、会社のひとたちだけでなく、家族や親友、気づかれてしまった友人をのぞいて、包み隠さず語ることができない。わたしは、毎日みんなに大きな嘘をつきながら仕事をしている。
そんなわたしを気遣って、彼女と上司は、実はさらなる不快なできごとがあったことを隠してくれていた。わたしの精神状態が、それを理由にさらに危うくなってしまっては元も子もないからと。
わたしはその、さらなる不快なできごとを聞かされて、テンション高まりまくってしまったのだった。未詳の当麻並みに「高まる~」ってな具合にさ。 *1
気持ち悪い。
気持ち悪い。
きもちわるい。
きもちわるい。
ねえ。
おやすみって頭をなでて、眠らせてくれるせかいをちょうだい。
わたしのことだけ、だいじにしてくれる、せかいをちょうだい。
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【参加します】
第二十一回文学フリマ東京
開催日 2015年11月23日(祝)
サークル《星屑と人魚》
❋ 2015春夏号「星屑と人魚」
ゆりゆりとして艶めかしく
女々しく見せかけて たいそう強かな10編
❋ 2015秋冬号「いばら姫と人魚」
淡々として凶暴
よりそう体温が宿り木の命を蝕んでいく6編
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おやすみなさい。