3月の、恋人と呼びかけるにはうつくしすぎて
おもわれている。
わたしはそれを知っていて、その居心地のよさも知っていて、いくぶん投げやりにもなっていて、人肌は安心してしまうから、気づかってやさしくしてくれるから、これまでの月日に経験しなかった思いやりをたった数時間のうちに与えられたりして、それは人それぞれ違うから当然のことなのだけれど、ちょっとびっくりしてしまったりして、わたしは想いにこたえられなくて、ただ甘んじてこたえていて、それはきっと期間限定であるという要素も加味されている、抱きしめると鼓動がかさなって、フローラルの洗剤のよい香りがして、ことばを語ることができなくて、どうしました? とたずねられれば顔を上げねばならず、するとキスすることになってしまうので、別段かまわないのだけれど、それでもできたらあと少しこのままでいて欲しくて、わたしは一口だけ、まるでおとぎ話の少女のような赤味をたたえたくちびるを食み、布越しに肩の骨のくぼみへ鼻先を押し当ててしまう、すると、大丈夫ですよ、と彼は言うのだ、わたしは申し訳なくなってしまう、けれど抱きしめていてほしくて、背中へまわした腕へ黙って力を込めると、長い腕でいっそう抱きしめかえしてくれる、ずっとこのままでいさせてくれるに違いない、落ちついてくるまで、あと少しだけ、をくり返すわたしを、それしか言えないわたしを、待っていてくれる、ふとわたしはわたしたちの姿を俯瞰する、そして思いだしてしまう、ああ、ただこうしていたかったのだ、なんて、きちんと説明できない不安を、うまくつたえられないさみしさを、わたしはひとの体温でしか埋めることができなくて、短時間ではまるで足りなくて、わたし、そういえばずっと、こうして抱きしめられたかったんだっけ、 我慢できないなんて言わないで、あと少しだけでいいの、思いだしてしまって、せっかく安心していたのに、かなしい、が呼びさまされて、ああ、ごめん、ふいにふれあっている体温の重なりがこわくなってからだを離した、深呼吸する、もう一度、呼吸をする、心配させてしまう、手が重ねられて、わたしは指をからめる、大丈夫、ごめん大丈夫、わたしは彼を抱きしめる、もう一度抱きしめてほしくて、すると頭をなでてくれていた、わたしはしばらく気がつかなかった、いいこね、 どっちが? 彼が? わたしちゃんが? どっちも、いいこね。
お願いだから、私を壊して。
――だから、壊れたわけじゃない。