休眠期
マラソン選手だったきゅうちゃんの座右の銘。
もうずいぶんむかしに聞いた。
建物のかわいた壁や、夏よりもくっきりと目に沁みる光線や、霜柱が溶けた後の土の盛り上がりや、鼻の奥をつんとさす痛み。
見知った冬があたりをすっかり覆いつくすと、やがて春がくるのだと吐く息の色を確認する。
秋、落ち葉が道を埋め、これから真冬へ向かっていくのだと長い夜や凍える朝にいちいち身構え、少しずつからだを慣らしていくはじまり。
桜の樹には、来春咲かせる無数のつぼみの固く小さな突起がすでに枝ぶりいっぱいについていた。
いったいいつから、まだ来てもいない冬のさらに先にある季節の準備をはじめたのか。
人はいちいち立ちどまって、さむいさむいと縮こまるばかりなのに、あなたたちは代わり映えなく毎年おなじことをおなじようにくりかえして、それでいてわたしたちを一喜一憂させるのだ、まったく。
春になったら、景色が変わるのだろう。
知らない景色が広がるんだろう。
夏がきたら、いま見えているこの色褪せたセピア色のセロファンはじゅっと音を立てて湿気に変わり、一面に草いきれを充満させるんだろう。
冬、ほんとうのところ、根っこは休眠期だ。
根は伸びてはいかない。けれど、内側ではわずかな力がじわじわといのちを蓄積させていた。
いやだな、なんだか今日はお説教じみている。
さっき、髪を切った。
ブラウンにブルーアッシュをのせた髪色は、光の加減で暗くなったり明るくなったりする。
グレーっぽくしてみたいんですって、勇気をだして言ってみてよかった。
前髪は林檎ちゃんアシメなのだ。
若作りだなあ。
おでこより、眉毛が丸見えになったことが恥ずかしい。