かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「水に咲く花-01(2)」楢﨑古都

 

「それで今日ずっと、そんなうかない顔してたのか」
 篠崎くんは笑って、なすのお漬物を口へはこんだ。わたしは鶏の唐揚げをほおばり、何よ、とふくれてみせる。
朝顔の白花って劣勢遺伝子のaabbでしょ。種ができたら、俺にも分けてよ。
 そう言って、なすのお漬物をもう一切れ口の中へほうり込む。
「なぐさめてるのか、けなしてるのか、全然わかんない」
「どっちでもないって」
「生物オタク」
「なんとでも」
 四年制大学の理学部生物学科に通っている篠崎くんとは、高校時代の生徒会のつながりで知りあった。いまでもこうして、一緒に飲みにいく仲である。男子校、女子校にそれぞれ通っていたから、そのあいだに何かあったとしてもおかしくなさそうだが、実際まったくない。
 三年も友人関係をつづけていると、互いの恋愛遍歴のなさを笑いあうことはあっても、ここでどうこうしようとはしなくなる。恋愛感情なんて、抱いた瞬間にこの友情が成り立たなくなる。そちらの方がずっと惜しい。
「試験終わった?」
「あとひとつ。いち子ちゃんは?」
「とっくに。もう夏休みです」
「早いなあ、去年はひいひい言ってたくせに」
「その節はお世話になりました」
「ほんとだよ。休み中ならまだしも、いち子ちゃん授業期間中でも平気で呼びだすんだから。おかげで単位ひとつ落としたし。理系は文系と違って忙しいんだからなー」
「すみませんすみません」
「自宅浪人なんて、ほんとよくやってたよね」
「母子家庭ですから、母さんに余計な負担かけられないでしょ。でももう、二度とごめんだ。ひとと会わないってのはよくない」
顔の前で手のひらを降り、もう片方の手で薄いレモンサワーを飲んだ。胃に流れ落ちると同時に、安堵のため息が出てしまう。
「じゃあついでに、高校時代の友だちにも、ひさしぶりに会ってみない」
 幼い子がいたずらを思いついたときのような相づちをしてみせて、篠崎くんは身を乗りす。
「誰?」
「片桐圭太」
「うわ、本当にひさしぶりに聞く名前だ」
 わざと、あからさまに渋い顔をして見せた。
 片桐圭太、彼は篠崎くんの同級生だ。そして、高校二年生の秋から冬にかけて、三ヶ月間ほどお付き合いをした男の子。わたしたちは高校の文化祭で知りあった。わたしと篠崎くんとの関係に恋愛感情がかけらも伴わないことの説明があるとすれば、それは片桐くんだろう。

 

お題「今日の出来事」

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ