くじらの歌う唄-03(2)楢﨑古都
くじらの歌う唄-03(2)|楢﨑古都@kujiranoutauuta #note #熟成下書きhttps://t.co/qkUzfnEru0
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年3月12日
男の顔には表情がなかった。怒りや悲しみを内に抱えているようでありながら、口元や頬は引きつった笑みを浮かべていた。何もかも見透かされている気がした。わたしが毎晩のように寝てきた男たちの中に、もしかしたら死んだ男もいたかもしれない。数えきれない男たちの腕がわたしを捕まえ、身動きとれなくさせようとする錯覚にとらわれて、吐き気がした。
「祥子ちゃん、ごめんな。顔青いわ、気持ち悪い?」
京子はわたしの冷えた肩を抱き、からだを揺らしながら、怖い夢を見た子どもをあやす母親の声音で、だいじょうぶ、だいじょうぶ、とくり返した。寄りかかり目をつむると、京子はブランケットをふたりのからだにかけ直してくれた。布に包まれ、閉じ込められた体温はわたしの緊張をほぐした。
秒針の刻む時間だけが、わたしたちのすべてだった。どちらからともなく抱きあい、やわらかな肌に頭をもたげた。何者も、わたしたちを邪魔することはなかった。
「人のからだって、ほんとはだかで抱きおうたときの方が熱いくらいなんやな。なんやこないしてると、冬眠してるシロクマの親子にでもなったような気分やわ」
わたしは小首を傾げ、そのつづきを待つ。
「シロクマって、真冬に出産するんよ。雪でできた穴に冬ごもりしながら、お母さんグマは赤ちゃんグマを産むんやって」
京子は姿勢を直して、わたしがからだを預けやすいようにソファの端へ寄った。
「親子で寄りそうて、春を待つねんよ。まんま、いまのうちらみたいやな、思うて」
夕暮れが、窓から遠く、町の喧騒を聞いていた。
いまわたしたちがいるのは、自ら閉じこもった二人きりの空間だった。海沿いの、風下の斜面に掘られた穴の中に縮こまり、いつ来るとも解らない春を待ち続けているシロクマの親子だった。足りない者どうし、欠落した部分を補いあい、慰めあうため、本能的に求めあっていた。
ブランケットに埋もれ、京子とうたた寝しているときが、わたしにはなにより幸福な時間だった。
今週のお題「わたしの部屋」