くじらの歌う唄-02(3)楢﨑古都
くじらの歌う唄-02(3)|楢﨑古都@kujiranoutauuta #note #熟成下書きhttps://t.co/jfRY86oy1B
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年3月10日
お腹をさすっていた京子の指先が、わたしの髪を撫でた。うなじに触れ、喉元から鎖骨、さらには左胸へと下りていく。瞬間、身ぶるいして我慢できずに抱きついた。胸には彼女の手のひらがあてがわれている。京子はそらそうとしたが、わたしはしがみついて離さなかった。
「祥子ちゃんの心臓、どきどき言うてるなあ」
耳元でため息をついた京子の声がふるえた。小刻みに伝わってくる振動が、わたしのものと重なっていた。捉えどころのない悲しみが、触れる髪のにおいや、感じる体温から滲みでていた。
「あかんわ。こんなん、どうしよう」
顔を向きあわせ、お互いの顔を見つめると、みるみるうちに瞳が涙に溺れた。頬をつたう線が、わたしの手のひらをびしょ濡れにした。
「あの日、くうちゃん、赤ちゃんしなせてしまったんよ」
踏み切りを待っていて、いきない後ろ髪を掴まれた。京子はバランスを崩し、肘から地面に叩きつけられた。片腕の関節から下にかけて、いまでも傷跡が残るほどに皮膚を擦りむいたのだった。
誰かの悲鳴が耳をつんざき、男は踏み切りに飛び込んで、電車に跳ねられた。鼓膜を刺す急ブレーキの音が病むまで、京子は顔をあげることができなかった、とわたしに話した。
「祥子ちゃん、遮断機のすぐそばに立ってたやろ。見つめている先を追って、目が離せなくなった。そしたら急にお腹が痛くなって、その後はもう、気い失ってしまって何も覚えてない。気がついたら、病院のベッドの上で、残念ですがって言われてしもうてん」
一人で、目覚めたのだろうか。空っぽになったお腹に手を置いて、京子は医者に言われるより先に気がついたに違いない。くちびるから漏れる訛りのある話し言葉は、彼女の深刻さをわざと少しでも軽くしようと試みているかのようだった。
わたしはあの日、それまで動いていたものが、ある一瞬を境に活動を止めるまで経過を、はじめて目にしたのだった。
京子はわたしの胸に顔を埋め、やがてところかまわず、くちづけはじめた。服の裾からもぐり込んでへそにキスし、脱がしながら二の腕にキスした。二人掛けのソファに並んで上半身はだかになり、もうこれ以上キスする箇所がないというくらい、お互いのからだにくちづけあった。冷え性の京子の指先は、ほんのりと赤味を帯びてふくらみに触れ、わたしの鼓動はそれを迎えた。
わたしたちは何かから身を守るため、手をつなぎあい、キスをし、抱きあい、涙を拭いあった。二人きりで群れをなして、襲ってくる者たちの侵入を拒んでいた。それは世間であり、お金であり、人の心であり、異性としての男たちであった。
今週のお題「わたしの部屋」