くじらの歌う唄-01(4)楢﨑古都
くじらの歌う唄-01(4)|楢﨑古都 @kujiranoutauuta #note #熟成下書き https://t.co/LeHjYFwtgj
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年3月8日
京子は、決してつくり笑顔で他人と接しているわけではなかった。けれども、集団にまみれたあやふやな一面は、確かに彼女の内にもあった。
ネオンで照らしだされた現職の繁華街を、丈の短いスカートで歩きまわる女の子たち。男たちに媚びを売り、いつでもどこでも化粧をなおしては、崩れた言葉づかいでもって噂話のさらなる、邪推を生んでいる。誇張されたワイドショーの片隅で、近頃の若者とまとめて形容されてしまう一人であることに変わりはなかった。
男を求め、毎夜、繁華街へ繰りだしていたわたしも、例外ではなかったのかもしれない。
わたしが中学へあがってすぐ、母は家を出た。
両親は、顔をあわせるといつも口論していた。何が二人をそうさせたのか、それは解からなかった。ただ、父母とはそういうものなのだと、物心ついた頃には、すでにそう思っていた。諦めという感情が入り込む隙は、はじめから存在しなかった。
残されたわたしは、父に気に入られることに必死になった。怒鳴られたり、打たれたりといった暴力は一度も受けなかった。父はただ、眠っているわたしのパジャマを脱がせ、隠れた部分を撫でた。
最初、わたしにはそれが、どのような意味をもつものなのか理解できなかった。父は決して自分では服を脱がなかったし、わたしのふくらみはじめた胸に触れることはあっても、それ以上は踏み込んでこなかった。
身を捩らせると、父はわたしを抱きしめてくれた。
当時の記憶は、いまではもう断片的になってしまっている。父とのそれは、高校に入るまでつづいた。異性とつきあうようになり、痛い思いをするまで、わたしは一度も父を拒まなかった。
はたして、わたしはあの暗闇の中で、毎晩父に犯されていたのだろうか。
忘れ去りたい記憶として、葬り去ったわけではない。気がついたら、忘れてしまっていたのだ。再び、こうして思い起こされるまで。
京子はかばんに化粧ポーチと携帯電話、生の一万円を突っ込んで立ち上がった。
咄嗟に、彼女の服の裾を掴む。首を横にふり、懇願するわたしの肩を、細い腕が抱きしめた。エアコンで冷えたからだは、わたしの持つ際どさよりももう少し冷たく、深く重たいものに感じられた。
「じゃあ、いってくるね」
黙って手を離す様はまるで、聞き分けのよい子どものそれだった。
そうしてわたしは、毎夕出かけていく京子の後ろ姿を見送り、扉の向こうにミュールの踵が高い音を響かせて帰ってくるのを、何時間でも待った。