くじらの歌う唄-01(1)楢﨑古都
くじらの歌う唄-01(1)|楢﨑古都@kujiranoutauuta #note #熟成下書きhttps://t.co/Pe3BLBJzAh
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年3月4日
傍らに眠る京子の後姿を、ブラウン管から発せられる青い光が照らしている。テレビの音量は消してあった。壁に映しだされる影が波型となって揺れ動く。真っ黒い巨体が、ほとんど尾びれを上下させることなく水中をすべってゆく。
いま自分のいる場所が、画面の中と同じ深い海の底のように思われて、わたしは一旦呼吸をとめる。秒針の規則正しさだけが鼓膜をふるわす。
からだは潮の流れに乗った一尾の魚か、クラゲにでもなったような気持になり、浮遊感を覚える。あまり船も通らない、薄暗く透きとおった静かな夜の波間に、わたしはたゆたっている。泳いでいるのは、わたし一人ではない。暗がりに浮かぶ影と寄り添う感覚でまぶたを閉じ、うちに流れる満ち引きに身をまかせる。
しかし、それもつかの間。つむったまぶたとは裏腹に、わたしは慌てて息を吸いなおす。肺から酸素をもらった血液が、競って全身をめぐっていく。
再び、巨体がカメラの前を横切った。ライトに照らされた部分だけ、ほの白く輪郭を見せる。背中はところどころに傷跡が残り、尾びれにはフジツボが張りついていた。
わたしはかがんで、京子の二の腕へ鼻面を押しつける。彼女の薄い皮膚から匂いたつ、汗と煙草と香水の残り香がやわく鼻腔の奥を刺激した。
「うちな、くうちゃんって呼ばれてんねんよ。ほんまは京子って名前なんやけどな。お店のお客さんに教えてもらってん。京子の京の字は、魚辺くっつけるとクジラって漢字になるよって。だから、祥子ちゃんもうちのこと、くうちゃんって呼んでな」
京子とはじめて触れあったのは、わたしが彼女に拾われてこの部屋へやってきてすぐのことだった。
目が覚めると、耳元で心臓の音が聞こえるくらい近くにいた。額がやわらかいものに触れ、くぼませた手のひらでもって包み込むと、直に鼓動が伝わってきた。裸であることに気がついて、わたしは一瞬、嫌悪感を走らせた。けれど、隣に眠っているのが男ではないことを確かめると、強ばったからだをほどいた。
胸に耳を押しあて、からだを寄せる。ため息をもらし、脚を絡めると、いつのまに起きていたのか京子もそれに答えてきた。ブランケットが引き込まれて、膝より下が驚くほど無防備な冷気に触れる。意外な温度差に露わになっていない太ももが鳥肌立つ。ベッドから落ちかけたブランケットをひっぱり上げ、二人をくるんだ。
髪を撫でている指先が地肌に触れるたび、頬は紅潮した。火照ったからだを冷やそうと、京子から離れて身を起こす。すると、すかさず捕らえられ、うなじに添えられた手首は、わたしの唇を京子の元へと導いた。重なりあった胸が痛いくらいに抱きしめあい、押さえ込まれて膨らみを吸われると、腰は砕け、気が遠くなった。