「朝行く月-07(3)」楢﨑古都
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— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年2月18日
氷嚢を探して、いくつかの戸棚を開けてみる。場所を変え、洗面所も探してみたが見当たらなかった。仕方なくレジ袋を二枚重ねにしたものに氷を入れ、口を縛ってタオルで巻いた。漏れてしまわないか多少不安はあったが、頬にあててやると彼は自分でそれを頭の下に入れ、居心地を整えた。
私はテーブルの上に置いてあった鍵を借り、財布だけ持って部屋を出た。踏んづけた靴の踵を坂の下で履きなおし、駅前まで走った。
商店街の薬局で解熱作用のある風邪薬を、スーパーマーケットで追加の氷と、それから部屋に転がっていたものと同じ清涼飲料水を買った。自動扉を出て、ようやく焦っていた気持ちに余裕が生まれた。自分を落ち着かせるために、息を切らして走るのはやめ、早足で歩いた。冷たかった風が、いくぶん心地よく感じられた。
部屋に戻ると、鍋に火を沸かし、おにぎりを沈めて煮詰めた。菜箸でかたまりをほぐし、お粥をつくる。味付けはおかかに溶き卵を落としただけで何も加えなかった。
手の空いた隙に、シンクに溜まっていた使用済みの食器を片付けた。鍋のお粥は噛まずに飲み込めるくらいまでやわらかく煮込んで、洗い立てのお茶碗によそい、コップにそそいだ清涼飲料水とともに彼の元へと運んだ。
「順平」
肩を揺すると、気が付いていたのか起き上がってくれた。
「ちょっとでいいから、お腹に入れて。薬も買ってきた」
「すまん」
彼は消え入りそうな声で答え、三口ほどスプーンを舐めると、錠剤を飲み込んだ。
「ポカリも、ここに置いておくからね」
一リットルのボトルを掲げてみせる。意識が朦朧としているせいか反応は薄く、返事は唸ったのか寝ぼけているのか判別できなかった。
買ってきた氷は封を切らずにバスタオルで巻き、レジ袋と取り換えた。レジ袋の中身は、いまにもこぼれ出そうなのをかろうじてこらえていた。即席の氷嚢はいささか武骨だったが、彼は先ほどと同じように後頭部の納まりを整えると、すんなり眠りについた。