かなしくなったら、魚の気持ち

生まれ変わったら一頭のくじらになりたくて できれば水素原子くらいちいさくなりたくて かなうなら素数のひとつに仲間入りしたくて ひとだからさきおとといのことを後悔します おやすみはにー♭ 【Yoga Alliance US Teacher Training 200 修了(First class)】

「水に咲く花-09(2)」楢﨑古都

 

  庭から2階の欄干へ、朝顔は鈴なりの種をつけるに至っていた。まだ色も青くて種を取るには早かったけれど、どれもふっくらと丸みを帯びて大粒だった。
 ひとつを摘みとって、不格好に伸びきった爪の先で皮を剥いてみる。まだ白くてみずみずしい種が五つ、手のひらに転がった。さらに種を割って中身をあらわにしてみると、米粒ほどの双葉がすでに形になっていた。そういえば昔、理科の参考書で柿の種の断面図を見たことがある。写真で見るのと、実際に目の当たりにするのとでは、感動は比べものにならなかった。
「母さん、見て。種の中から、こんな小っちゃな芽が出てきた」
 思わず、子どもみたいに台所へ駆け込んでいた。
朝顔の種? へえ、よくできてるのねえ」
 洗い物を中断し、かあさんも爪で種をきれいに二つに割った。
「これが乾燥して黒くなって、土に蒔くとまた勝手に芽が出てくるなんて、ほんとふしぎねえ」
 目を凝らし、まじまじと感心して、うなずいた。
「そういえば、種ができたらしのザイくんにあげるんじゃなかった」
 からかい混じりのはずんだ声が、種をいじる指先に落ちつきを失わせる。
「ああ、」
 二の句が告げぬうちに、さらにつっこまれてしまう。
「なあに、別れちゃったの」
「だから、最初っからつきあってなんかいないってば」
 生ゴミ入れに種を落とし、指先を洗った。
「喧嘩したのね」
 母さんはおもしろがって口角を引き上げ、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「ちゃんと仲直りしなさいよ」
「もう無理」
「ずいぶん逃げ腰なのね」
 わたしの表情などまったく意に介さず、母さんは再び洗い物を再開する。
「いち子、映画を観にいくときだったっけ、変なこと聞いてきたでしょう」
「変なこと」
 うなだれながら返事をした。
「ほら、男運がないとかなんとか」
「ああ、あれ」
 気もそぞろな返答は、いまの自分と同じく目的を持たず、ぼんやりしていた。
「母さん、結婚することにしたわ」
 食器は次々洗われて、水切りに置かれていく。蛇口からは、絶え間なく水が流れつづけていた。
「お彼岸にお墓詣りにいくでしょう。おばあちゃんには、そのとき報告するつもり」
「ちょっと待って、結婚?」
 馬鹿みたいにワンテンポ遅れて声をあげた。
「ばれてるのかと思ったわよ。もう結婚する気ないのとか、縁日一緒に行く人いるのとか、聞いてくるから。驚いちゃった」
「こっちが驚いてるよ。私、そんなこと言ったっけ」
「言ったわよ」
 母さんは完全にのろけて、頬をほんのり赤く染めていた。
「おばあちゃんの言ったこと、これでも気にする?」
「強引」

 

お題「プロポーズ」

 

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