「水に咲く花-08(4)」楢﨑古都
水に咲く花-08(3)|楢﨑古都@kujiranoutauuta #note #熟成下書きhttps://t.co/YY0BV3oHIj
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年1月25日
篠崎くんはわたしに赤とピンクの水中花を持たせたまま、有無を言わさずお金を払う。女の子は、いまにも泣きだしそうだった。
露店主が水中花のコップを袋に入れてくれようとしたけれど、断った。立ち去り際、女の子の家族に慌てて頭を下げた。篠崎くんが、わたしの腕を掴んで歩きだす。人混みをつっきり、何人もの人にぶつかって、浴衣の足元は何度ももつれ、転びそうになった。
「ちょっと! ちょっと待って」
商店街を出たところで、篠崎くんはようやく立ち止まった。
「なんであんなことするの。かわいそうじゃない」
人の来ない脇道に入り、篠崎くんはようやく手を離してくれた。支えを失って、わたしの左腕は宙を泳ぐ。浴衣の腕部分がくしゃくしゃに皺になっていた。
「俺のことはどうでも言い訳」
話されるまではふり払いたかったのに、いざなくなると途端にその手が恋しいと思ってしまう自分が卑しかった。
「俺はいったい、君のなんなの」
篠崎くんはわたしを、君、と呼んだ。
「都合のいい兄か弟?」
スピーカーから流れてくる祭り囃子が耳に賑やかしくて、篠崎くんの声がいっそう重くなった。
「ふ、ざけんなよ」
聞き取るのがやっとなくらい、息漏れに沈んでいた。
きっとわたしは、大切な友人をまたひとり失ってしまうのだ。いまさら気付いたって、もう後の祭りでしかないのに。
「本気でこの俺が、ほかの奴らより数段ものわかりがよくて、まったく下心なしに君と一緒にいたとでも思ってるの」
いち子ちゃんが欲しがってるのは、恋人じゃないよね。
篠崎くんではない男の子の顔が脳裏をかすめた。
「恋愛する気がないなら、もうやめてくれ」
わたしはひとりきり、そこに取り残されていた。
鼻緒が擦れて、右足も左足も親指の皮が剥がれていた。直接触れないように、ぎこちない歩き方で痛いのを必死に我慢しながら家まで帰った。
「どうして電話しないのよ」
母さんはわたしの足を見て、声にならない悲鳴をあげた。すぐに救急箱を持ち出してきて、
「沁みても、ちゃんと消毒してからじゃなきゃだめよ」
消毒液と塗り薬を手際よく取り出し、処置を施すと絆創膏を貼ってくれた。
下唇を噛みしめて、何かをじっとこらえていた。涙が出そうなのは、消毒液が沁みるせいだ。そう、必死に自分に言い聞かせた。