「夜のななふし-04(1)」楢﨑古都
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— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2020年1月3日
バスで来た道を戻る途中で、歩くのに飽きてファミレスに入った。昼時少し前で客足はまだまばらだった。迎えの時間まで長居することに決めて席につく。おかわり自由の薄いコーヒーと、いちばん安いトーストは、待つ間もなくすぐにはこばれてきた。
談笑が店内にさざめいている。なかには、背広を着てスポーツ新聞片手にモーニングセットを食べている男性客もいるが、大多数は女性客と子連れ客だ。出されたホットケーキを、切ってあげるからちょっと待ちなさい、とたしなめる声や、わざと隣まで聞こえる声で交わされる噂話が、たえることなく続く。
やがて昼時をむかえ、追加でサラダを頼んだ。大皿に盛られたサニーレタスは一枚一枚の葉が大きく、私はトマトと一緒にフォークでさして大口開けてほおばった。ふりかけられたパルメザンチーズとシーザードレッシングがよく合っていた。二時を過ぎる頃には昼の混雑も過ぎ去り、私は席を立って会計を済ませた。
ハルキを迎えに幼稚園へ向かう。そんなに距離はなかったのだが、迎えの時刻にまた遅れてしまった。四度もおかわりしたコーヒーが、胃の中で泳いでいるのを気にしながら歩いていたせいだ。予想通り、例の新米幼稚園教諭はあからさまに肩を落とし現れた。薄いピンク色に、大きな白いうさぎ形のポケットがついたエプロンが癪に障る。ハルキは、とたずねると、怪訝な顔をして、もう帰った、と彼女は答えた。
「帰った?」
「ええ。今日はお迎えに来れないから、一人で帰るように言われたって。そういうことはちゃんと伝えておいてもらわないと。第一、一人で帰すなんてことは出来ないんですよ。たまたま近くのお友達がいたから、一緒にお願いして送って行ってもらえましたけど。一人で帰るように言うなんて、ハルキくんがかわいそうじゃないですか。」
彼女は鼻で息を吸って、意気込んでさらに続ける。
「黒田さん、朝も言いましたけど、時間はちゃんと守ってください。来週は遠足だってあるんですよ。遅れるなら遅れるで、連絡をください。そうすれば、ハルキくんだって安心して幼稚園で待っていられるんですから。」
うんざりといったふうにため息を吐き出し、彼女は会話に間をもたせた。同じくらいの背丈なのに、私は見下ろされているような感覚を覚える。遠足なんてあるのか、と思案してしまった。何も答えないでいると、黒田さん聞いてるの、とまた怖い顔で詰め寄られた。ハルキがなぜそんな嘘をついて一人で帰ろうとしたのか、私には分からなかった。
「まだ、そんなに時間、経ってませんよね。」
平静を装い笑顔で返した。彼女が頷くのを横目で無視して、踵を返した。声をかけられるすきを与えたくなくて、私は駆け出した。
角を曲がったところで歩調をゆるめた。どんなに迎えが遅れようと、いつまでも待ちつづけていたくせに。親父がまだいるかもしれない家に、一人で帰っているとは考えにくかった。以前にも近所の園児の母親に送ってもらったことがあったが、マンションの玄関口に座り込んで私を待っていた。ひどい人見知りをするハルキは、誘われても絶対に他人の家には上がれない。どうせ、何か急に思い立っただけだ。私は早足になる自分を抑えた。