おやすみ、せかい
ここ二日、お月さまがくっきり見える。
でもね、まなかは目が見えないの。
見えるけれど、見えないの。
半月よりも少しふくれた、柏餅みたいな楕円のお月さま。
きれいね。
言うと、わかるかい、と手を引かれた。
暗がりに花の香りが充満している。
まなかは外壁へ手のひらを添えて、そこへ枝垂れるジャスミンのしげみをなでながら歩く。
触れると、いっそう香りがわきたつようだ。
やがて、しげみは途切れ、香りも薄れた。
名残惜しいような、けれどもきっとすぐに忘れてしまう日常のつかの間、まなかはつないだ手のひらをぐっと握り返す。
もう着くよ。
まなかは見知らぬ家の見知らぬ敷居をまたぐ。
手をひく男の名前を知らなかった。
大きい人。
まなかは、目が見えないのだよと教えられた。
そうなのかもしれない。
見ているものの確からしさはどれほどのものだろう。
肌寒さに鳥肌が立った。
毛布が手渡される。
おやすみ。
まなかは犬や猫が自分の寝床へ落ち着くために、二度三度回転しながら伏せるように、生地の厚いそれをうまく自分の床へも引き、すっぽりくるまってしまうと、やがて健やかな寝息をたてはじめた。
【参加します】
5月4日(祝・月)
第二十回文学フリマ東京
会場:東京流通センター 第二展示場
サークル名「星屑と人魚」
ブース:Aー11
過去に製本した文芸同人誌や少女たちによる朗読CDも販売します。
売り子はもちろんハイカラさん✿