うまくことばにできなくても
イライラするのは、未練なんだろうか。
わたしちゃん、きょうもかわいいぞっ(はぁとまぁく)って、今朝は姿見の前で言ってやった。※さゆみん今日も可愛い♡って、道重さんごっこしたのは、もうきのうの朝だ。きょうはちょっとはねてた……
ひさしぶりに寝癖もないし、髪の毛するんっとまとまっていて、大変お行儀よろしかったから。
昨晩は髪の毛にオイルをきちんともみこんで、素敵ドライヤーでブローしたんだよねえ、だから髪質完璧なのは当然のことなのですけれど。
日々おやりよ、ものの5分10分のドライヤーで、翌朝のご機嫌が雲泥の差なのだから。
あいしたひとが、じぶんを追い詰めるなんて思いもよらなかったんだよな。
相手は悪気なんてさらさらないって言うから、わたしちゃんよけいに混乱しちゃって。
自由奔放であることを、わたしたちは受け入れねばならなかった。
でも、あからさまな隠しごとや、週末の朝、突然置いてきぼりにされるどっきりに、わたしちゃんは耐えられなかった。
それはプライド半分、さびしさ半分。
どうしてこのわたしがないがしろにされるのか意味わかんない馬鹿にすんないい加減にしろって気持ちと、もっとわたしちゃんのことかまえよひとりにすんなーばかやろー好きじゃなくなっちゃうぞばかちんーってきもち。
たくさん考えた、わたしたちには彼の思考回路が理解できないことも、彼にはわたしたちの思考回路を理解してもらえないことも、ただそういう事実として受け入れなくてはならないのだというところまで、ようやくたどりついた。
どうにも、未練がましい感じだけれど。
だって、ほんと、好きな人が悪気もなく自分を追い詰めるなんて、思いもよらないでしょう。
慣れない電車に乗れなくなるとか、大きな音や大勢の人混みがこわく感じるようになるとか、信じていたはずのひとが、じぶんを傷つけつづけるという状況に、わたしは身を置きすぎてしまって、それでも信じていて、おかしいな、わかってもらえないはずないのにな、な、な、おかしいな、って。
友だちからは、いい加減もうあきらめなって言われた。それこそ何度も。
彼はもう、変わらないからって。
そんなはずないよって、思ってたんだ。
だって、好きだったんだよ。ちゃんと楽しかったし。
でも、彼は日々やひとやものごとについて、ひとつひとつたいせつに扱うことのできないひとだった。
どうしてきのう、いきなりそのことに気付いたのか、わからないんだけれど。
どちらかというと、わたしちゃんが、日々やひとやものごとについて、ひとつひとつだいじにしたい、つつましやかにいたい、と思ったのだった。
(佳子さんのお伊勢詣での様子を見かけたからかな、しずしずと白のロングコートドレスがとてもよくお似合いだった)
ずっとそうしたくて、そうできないことにのたうって。
3月になったら、落ちつくとおもっていたのに、全然真逆で。
もう、なにもかもさよならだとおもっていたのに、そんな簡単じゃなくって。
わたしちゃんは自分自身と向きあおうとしている。
それは、目と目を見て他人とむきあうことより難しいことなのかもしれない。
いまだって、さっきまでの勢いはどこへやら、もう不安にまみれはじめている。
だいじょうぶ、だいじょうぶだ。